「自分は右脳人で感性豊か、創造力がある」「あの人は左脳人で論理的だけど芸術には疎い」──こうした「左脳人」と「右脳人」に人を分類する考え方は、長年にわたり教育、キャリア診断、インターネット上の記事で広まってきました。しかし、脳神経科学の観点から見ると、これは過度に単純化された誤解にすぎません。
左右脳の機能には分担があるが、人間の性格分類にはならない
20世紀中頃、神経心理学者ロジャー・スペリーとマイケル・ガザニガが、左右の大脳皮質を結ぶ脳梁が切断された「分脳患者」を対象に研究を行い、左脳が言語、論理、数学的推論を主に担当し、右脳が空間認識、音楽、非言語的な視覚情報を扱う傾向があることを発見しました。この研究は、脳の機能分担の理解に重要な基礎を築きました。
しかし、これがそのまま「人間には右脳人型」と「左脳人型」がいるという結論にはなりません。2013年、米ユタ大学が1000人以上を対象に行ったfMRI(機能的磁気共鳴画像)研究では、日常の認知活動で片側の脳だけを使う傾向は見られず、ほとんどの思考と行動が両脳の協力によって行われていることが示されました。
右脳・左脳タイプは生理的な違いではなく、認知的傾向
実際には、絵画、デザイン、音楽創作、科学研究、論理的推論といった行動は、いずれも脳の両側が活性化します。したがって「自分は右脳人だ」という表現は、神経学的な分類ではなく、単に自身の認知スタイルや学習傾向を表す社会的なラベルにすぎません。
また、「左脳人は創造力が乏しく、右脳人は論理的思考が苦手」というのも誤った二元論です。創造的な思考には構造的なロジカルシンキングが不可欠であり、論理分析にも直感や連想が深く関与しています。たとえば科学者が実験を計画する際には、論理的な構築力が必要ですが、仮説の立案や理論の創造には想像力や洞察が欠かせません。このように、左脳人思考と右脳人思考を融合させる力こそが、現代の分野横断的な仕事における重要な脳資源なのです。
右脳人の割合という迷信を破り、全脳の可能性を開こう
「右脳人の割合は多いのか?」といった疑問に対し、現時点で人間を左右脳の使用比率で明確に分類する科学的根拠はありません。たしかに、VARK学習モデルやMBTI性格テストなどで「直感型」「感覚型」など、右脳的傾向を示す結果が出ることはありますが、それが脳機能の主導性を意味するわけではありません。科学的な視点では、大脳は動的かつ統合的なシステムであり、あるタスクで特定領域が活性化しても、他の部位も協力して働いていると考えられています。
「左脳人は何をコントロールするか」「右脳人は何を司るか」という分類は科学的な根拠がある一方で、人間を単純なタイプに分類することは、こうした研究の過度な解釈と言えるでしょう。最も効果的な学習・思考方法は、右脳人の創造性や直感と、左脳人の分析力や構造化能力を統合し、全脳学習のモデルを築くことです。AIや分野横断的なイノベーションの時代において、「右脳人特性」の神話を乗り越えたとき、本当の自分の可能性が開花するでしょう。